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黒歴史探索日報
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 今回ふと思ったので、昨今の「RX-78 ガンダム」の立体について語ってみたいと思ってみた。 いうのが、オンタイム時からガンダムの映像作品とそれにまつわる商品展開を追い、購入してた方としては 逆転現象とでもいうべき現象が起こってることに時代性的なものを感じている。 『ガンダム』って作品を今の位置にのし上げた存在としての功労者でもあるガンダムのプラモ「ガンプラ」は 昨今とかく"可動モデル"ってことに重きをおいて作られていて、 モノによっては可動のために機体形状を疎かにする、もしくは形状変化させてリリースすることも多い。 というか、ガンプラに関してはリリース回数の多いモチーフに至っては 毎回毎回のバンダイホビーのデザインアレンジ・スタイリングアレンジをムリヤリ許容されてる側面があるので 若干このことについて今更言及するのは「肩が赤い」といわざるを得ない雰囲気すらあるんですが。 で、今回比較対象にするのは「トイ」である『ROBOT魂<SIDE MS>ガンダム ver. A.N.I.M.E』。 トイだからこそ箱を開けたらそのまま遊べるってものだから それこそ動かしてブンドドするためにアクション重視に割り振ってもいいのに 今度出るのはアニメ本編に振った ver. A.N.I.M.Eがリリースされる。 だからって別に全く可動しないものであるなんては言いませんが "本編でこう動いているのをこう再現します"っていうのやってたのって一昔前だとガンプラの役目だったし、 スタイリングの再現までやってのける今回の ver. A.N.I.M.Eに関しては変な笑いすら出ます。 オールドファンなら余計飛びつく部分でもある。 結局「可動させて"遊ぶ"」っていう方法論の行き着くところが互いの部署で違う結論に行き着いた結果なんだろうとは思っていますが 「(完成トイよりは)安い、組み立て可動モデル」と「値段がとかく高額化しつつある精密トイ」を 客側がどう捕らえてどちらに飛びつくのかっていう選択肢があるのは楽しくはあるし助かる反面 デザインないがしろで腹にコア・ブロック露出したものやヘンなスプリングのバズーカやハルバート状のジャベリンB持ってたのなんて 時代の産物ってだけでって話なんだろうなぁ って思ってしまうわけです。 なにせ、"アレ"がトイとガンプラの枝分かれの幹の部分なんで。 良し悪しの話ではないし、いろんな選択ができていろんな遊びができることこそ「ホビー」。 もっとやれ、ってとこなんですけど、 時間の流れを見ると考えてしまうわけです、トイはともかくプラモは作っていじってなんぼだよなぁって。 可動はどんだけ十分だろうと、形が都合で違ってたり装甲がスライドしますっていうのは 送り手側じゃなくユーザーが工夫していじる範囲のことだったよなぁ 創意工夫だよなぁって。 まぁ、年寄りの・おっさんのぼやきですね。 「満足できないんなら自分で作りましょう」 うん、そのとおりです。 だからいろんなことで手を動かすことができなくなってても死ぬまでにはなんかいろんなことをしたいね、ってみんなで思いましょう ってことで。 PR
今夏に発売のようです。
今回は二分割無い感じの値段っぽい? 現在、絶賛作業滞りな状況が物理的な障害として存在しているため とにかく情報の取りこぼしをしないようにとやってますが 近年とにかく増える増える。 とりあえず、公式の大全が出来る限り頑張って載せてくれればいいや… と2013の巻き返しを見て思ってるところではあるんですが、 まぁ 死んじゃう前には端っこのものでいいから形にしときたいですなぁ… と 一昔前に大風呂敷広げて宣言しちまった立場としてハンケチぐらいのサイズの布を広げて言ってみる うん、良かったね って作品。 作品発表時の "設定やネーミングなどにこんなおかしな部分がかいま見える作品だからなにか弾けたことをしてくれるハズ" を確かに表してくれてた。 ホビーアニメによくある「その作品の主体であるモノ(この場合はガンプラがそう)で世界を救う」的なこともやらなかったしね。 結局『プラモ狂四郎』や『ガンプラビルダーズ(主にD)』がやってた "おもちゃで大人も子供も一生懸命に真剣に遊んでいる"っていう 傍から見れば"お前らバカかよ"っていうことを最後まで貫いてくれたのはむしろすごいとすら思った。 「バカを真剣にやっている」ってのがどれだけ面白いのかはガンダムシリーズでは『Gガン』が過去に見せてくれたことだし、(真剣なのにバカみてぇ、なんてのは『W』とかでも見せてくれてる) 現実世界でもバカみたいなことを真剣にやってるからこそ起こる「笑い」に言及してる人もいますしね。 商売が絡んでるとどうしてもいろんな部分でどんどんエスカレートさせていく筈なのに 結局主役機の決め技は基本2つで貫き通したり(まぁ、2クールっていう尺の問題もあるんでしょうけど) 人によっては物足りないと思う人もいるんでしょうけど、過剰に供給するよりは腹八分目の方がなんかいいんだなと思えます。 というか、ところどころ理詰めされてない部分があるんだけど、こういうところも視聴者側がなんとなく想像で埋められるようにあえて放置してるんでないのかな、ってすら思えたり。 (昔のアニメなんかは大抵そうでしたよね、ガッチガチの設定や劇中描写でなく、作劇の中でなんとなくこれはこうなんだって見せるやり方) 毎週の放送が楽しみで、最終回を迎えるのが名残惜しい作品はかなり久々でした。 しかも、ソレがガンダムだったワケだし。 売上とかの数字としてのデータよりも市場的な(主にガンプラの)品薄現象とかを実際に垣間見た上で、最終回を迎えた今の評判の良さからも、続き、もしくは二期をぜひっていう意見がやはりあちらこちらで垣間見られますが もし、続編が作られたとしてもそのまま続くんではなく別の場所の別のキャラクターたちでやって欲しいというのが自分的な希望ですね。 作品として綺麗にまとまったのもあるんですが、世間でよく言われる"アリアンが大変なことになったよ、たすけてー"的続きは完全に蛇足でしょ。 放送中の展開も何度か「よくある展開を覆す」ことをしてましたが、視聴者の想像力と同レベルの作品見せられてもあんま嬉しくないんですよね。 覆してくれてこそワクワクするし楽しいというのに。ホビーアニメではコテコテの「世界の危機にふたたび立ち上がる!」展開発想は阿呆の考えかと。 まぁとはいえ、ガンプラで事件を解決出来るようなことが起こるにしてもあちらにガンプラなんてビギニングと壊れたミスサザビー、あとモックしかないんだし、ハナから変な話に思えるんですがね。あと、凄腕の元ビルダーが二人いるんだしなんとか解決できるようにも… (まぁ、個人的にはガンプラで解決できる事件事態が起こるような展開がいやなんですけどね。最終回のでかい結晶体の展開はイレギュラーとしても) あと、なんていうのかなぁ、 作品のキモであるプラフスキー粒子がこちらの世界でなんとかなっているのなら、互いの世界への干渉って実はそんなに遠い未来の話じゃなくなってる いつかは堂々とお互い会えるよね、っていう部分からすると なんか騒動が起こったから再会っていう展開はあの最終回迎えた上ではどうにも… そういえば 話の展開にギャーギャー言ってる人相手に "「レイジが居なくてもこんなにファイトがうまくなったよ」っていう『ドラえもん』の最終回みたいなのがえぇんかい" って某画像掲示板で書き込んだことがあったんだけど ニュアンスが少し違えど当たってましたっけ いや、悪いってんじゃないんですよ。 ただ、王道展開には違いないんだよなーと ともかく 2クールの間わくわくさせてくれた「ガンダムビルドファイターズ」を作ってくれたスタッフの方たちには感謝。 『プラモ狂四郎』のラストカットを引用させてもらいます
更新が他のことにかまけて相変わらず滞ってるので個人のただのぼやきをつづってみる。
「ビルドファイターズ」がイイですね。 というか、理屈はともかくコレはこういうものなんですよ、 っていうぶん投げ方式は 「Gガン」の時にシリーズ作品を今後も成り立たせる上での分岐点だったのと同じで 何気に、理屈こねてロボットアニメ見てんじゃねぇよ 的な面があっていいなぁと。 まぁ、最低限の理屈や理由付けもちゃんとあるあたりは 前のTVシリーズが反面教師になるやもしれませんが。 番組開始当初に知人から プラモ狂四郎の、近所の模型屋でわいわいやってるあの雰囲気って 昭和の光景的であって、平成も四半世紀過ぎた今にどれだけ馴染むのかな… と言われた面を気にしてたんですが シミュレーションバトルをメインに押した上、 1クールすぎる手前の段階でもう世界大会に行くという駆け足状態で 心配が杞憂に終わってるというなんともな話。 とはいえ、戦争でもないバトルってあたりで"ガンダムをやれてしまう"っていう "ガンダムではこうあるべき"っていうタガが必須ではないことが証明されたのかもなぁと思えてきます。 まあ、あくまで私見ですよ? というか、「ガンダム」って作品が日本でロボアニメの代表格になってるとともに いつのまにか格調高く高尚なモノになってて、 いやいや、ロボットアニメなんだからさぁ、 っていうところがどこかに飛んでいってる人が多いような気がするんですが… 番組開始の時や始まってから見たり聞いたりする言葉が 「子供向けの方のガンダム」「ガンダムは高尚なモノ」 っていうもので、 30超年って伊達じゃない年月だよなぁと感じるわけ いつのまにそういう思想が蔓延したのやらってことで。 作品の敷居が高いと 決まった人数の人間が持ち上げてる状態で終わってしまう・持ち上げてる人間が死んだら終わり。 商売として「シリーズ作品化」されてる時点で続く作品は作られるわけで、 そこに諦められないんなら 自分の大好きな作品だけ抱いて黙ってもらわないと困るんですよね。 たぶん、自分たちの理想形はその抱えてる作品なんでしょうから。 そこで、親切心だか正義感だかなのかはわからないけど ガンダムとしてはあーじゃないこーじゃない っていうのは、それこそ狂四郎でいうところのアニメの清志郎と同じという。 宗教的になってる。 でもさ、上でも書いたけどこの一連のガンダムシリーズってアニメなのよね。 フィクション作品で人間の集団が作った作品だから 作画や設定におかしなものや矛盾が発生するわけで。 そこら辺の捉え方で開き直って楽しめない人たちは残念だなーって気持ち。 一代で終わってしまうには惜しい作品なのにここで自分たちで楽しめる遊び方を終わらせるのね 次代につなげる気はないんだね、って。 ちなみに 「頭を使わない集めるだけのガンダム全肯定」っていうオレの活動への揶揄の言葉は オレの精神的なものの指針にもなっててなかなかいい言葉になってますよ。 ってなんか文章ががちゃがちゃしてきたのでここらで閑話休題 「プラモ男子とプリチー女子」が先日連載終了しました。 読んだ結果は、 んー、オチが弱い というか、やはり作品として描いた意味合いが弱いんでねぇかな、ってとこ。 結果、イエナは最初から最後までミズオにべた惚れ状態で、 最後の選択としてある"目的のために妥協をする"という 精神的変化をしてミズオの元に戻ってきたんだけど じゃあ対してミズオってナニか変化あったのかというと 仕事や趣味への目的以外の変化が無い。 まぁ、元より作品テーマ的にそこがポイントなんだろうけど。 イエナに対して最後に初めて意識表明したのも 場に流されて言ってる感じもするという感じで。 なんでこれが4冊単行本出るくらい続いたのかしら。 1巻のオビに"このホンモノっぷりを見ろ"みたいな文言が走ってたのを覚えていますが #78の記事にもしたようになんか冗長過ぎてポイントヅレてるよなぁと。 モデリングが趣味って点では確かにホンモノなんですがねぇ。 ビルドファイターズについての意見で工作の工程をすっ飛ばしてるので感情移入が出来ない 的な意見をみたことありますが 作業工程丁寧に書きすぎてかったるくなりますけどいいですか? 感情移入しやすいように長々とオレ妄想設定垂れ流しますけどいいですか? って例題に使える感じ。 いちいち描写されてもたるくなるものだってある そこはスッパリ省いてもよかったんじゃないのかね、って感じです。 とはいえ、「僕はオタリーマン」やなんかの"箸にも棒にも"なものよりはまだマシではあるんですけども ワリと大々的に”新作やるよ”宣言してた「GBF」 本日その正体が公表されましたが、 事前に予想されてたものと大体変わらない内容で特に驚くところはありませんでしたが 逆に 「ガンプラビルダーズ」のアニメがワリと好評だっただけに その時の反応からTVシリーズとしての企画が進んでいって今に至るんかもなぁと感じてます。 時期的にもそんなかもなぁという感じだし。 で今回、ソレにともなって出ることがわかったプラモに ダムでせき止めてたラインナップがチラホラと。 「ビルドファイターズ」用リリースのランナー組み換えモデルとは別に こういった展開もあるのよ っていうのはガンプラ購買層的にもなかなかおもしろいんですが、さて。 個人的には、どんな「ガンプラビルダーズ」的なお馬鹿で破天荒な要素がどう出てくるのかが始まる前から見モノなんで期待しとります。 とりあえず "ガンダムX魔王"ってあたりがいい感じにポイントになる気がしてますけど、 どうでしょねと |
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へべ吉見
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自己紹介:
ワンマンサークル「へべれけ普及推進委員会」で、ほそぼそと"あらゆるメディア展開での『ガンダム関連作品』で、存在していたもののあまり知られていない"機動兵器"を掘り上げて紹介する「大全集」をつくろうとしている"者です
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